音楽でアセンションせよ!
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00:25:35
トウモロコシ、豆の摂取量が年々増え続けている。
チチカカという南米系の服・雑貨屋で買い物することも増えた。
思うに前世はインディオか何かなのではないのか?(インカの皇帝マンコ・カパックでないことを祈る)と、ふと思うこのごろ。
インカ・マヤ・アステカ展で、 行ってまいりました~「インカ・マヤ・アステカ展」
ミイラから黄金、変形した頭蓋骨、絶対習得出来そうにない複雑なマヤ文字、ジョジョの石仮面さながらのヒスイ仮面、王様がち○ぽを串刺しにした錐など、なかなか見ごたえのある展示会だった。
中でもアステカゾーンは、いわくがつかないのか心配。
と、言うのも、ネットのオカルト系2ちゃんなどで話題になったアステカの祭壇があるから。
アステカの祭壇とは、日本のTV番組「奇跡体験アンビリーバボー」の心霊コーナーが打ち切られた原因だと一部ではささやかれている謎の怪現象。
写真に赤い光が写りこみ、それが祭壇のような形をしていて、霊能者もかなりヤバイものとして番組で取り扱ったらしいが、詳しいことは不明。 似たような現象はUSOという番組でも…。



そんなリアル「アステカ」の祭壇を見てしまったが大丈夫かな~?
余談はそれくらいにして、博物館を後にした私は急にインディアンっぽいシューズが欲しくなって原宿へ向かった。
ワラビーブーツではなくインディアンモカシンという靴を探していたのだが結局見つからず日は暮れメキシコ料理の店へ。
そんな感じでラテンアメリカな一日は終わった。
どうかアステカの祭壇が夢に出てきませんよーに。 
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10:08:14
ペリーファレルさんのニュープロジェクトでヌーノ・ベッテンコートさんを久々に見たなあ。
昔(エクストリーム時代)はサラサラろん毛にいやらしい流し目がどうも苦手で…周りでは人気ありましたけど…ライバル的存在のリッチーコッツェンさんの方がオトコらしくて好きでありました。

タワーレコードのインストアイベントでリッチーさんを間近で目撃しましたが、じつにイケメンだった記憶があります。

ロシアの速射砲ルスラン・カラエフに似てる気がするのは俺だけか?

この人はギターだけでなく歌もソウルフルでとてもお上手。
天は二物を与えず…というジンクスはこの人には通用しません。
二物どころか三物も与えてしまうとは…まさに神の賜物であります。

まあ性格とかは知りませんよ。
ワキガかもしれませんしね。

そんな嫌味のひとつもいいたいくらいのリッチーさんがファンキーなバンドを組んで出した「マザー・ヘッズ・ファミリー・ユニオン」が復活!

ってことで過去の動画です。

Richie Kotzen - Mother Heads Family Reunion




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02:10:15
トランセンデンス今日はこれ!
メタル仮面舞踏会ことクリムゾン・グローリー

…YouTubeで見つけてしまいました。

クリグロはポスト・クイーンズライチなバンドではピカいちだったんだけど、路線変更して普通のハードロックになってしまってからはよく知らないや。
やっぱ80年代は髪型がすごいよね。
見ようによっちゃバッハみたいで音楽家っぽいけど。

…でも、仮面にタンクトップはねえよ。



12:57:45

ベストハウス1,2,3♪じゃないけど、意外と三番目って知らないもんだ。
「一富士二鷹三茄子」なんてまさにそう。夢に現れると縁起がよいとされるベスト3だけどさ、
三番目がどうにも不可解。(富士山は高くて大きく、鷹はつかみ取る、茄子は「成す」に通じて縁起が良いらしい)
で、今回調査したのは日本の三大仏。
一番は奈良の大仏で二番は鎌倉の大仏なのはわかるが、三番目の大仏ははてどこか?
まさか牛久じゃねえよな。あれは立ち上がってるから邪道だ。立像は観音様じゃないと許せない。


 ミュージシャンの友人通称ガリ猫さん(4 bonjour's partiesというドリーミングなバンド)情報によると三大仏のナンバー3が岐阜にあるとのこと。
岐阜大仏-正法寺http://www.windsnet.ne.jp/swing/content.php?id=467


しか~し!三大仏を名乗るのは他にもあった! ポスト三大仏はこいつらだ!1,2,3♪


・富山の高岡大仏http://www1.tcnet.ne.jp/shima/daibutu.htm
・千葉鋸山の日本寺大仏http://www.town.kyonan.chiba.jp/nokogiriyama/nokogiriyama.htm ・秋田の赤田大仏http://www.kensoudan.com/firu-minami-e/akada2.html  


なぜ、三大仏がこんなに仏々(続々)と出てくるのか?
どうやら戦前までは「兵庫大仏」が三番目に数えられていたが、戦時中の金属回収令で取り壊されたため日本全国で三番目を争う状況となっているようなのだ。


 そして、三大仏がじつは東京は板橋区にもあった!その名も「東京大仏」
え!そんな近場にあるんですか?そいつはぜひ拝み倒すしかない!…と日本三大仏制覇に乗り出したのである。 
 さっそく三大仏の審議を確かめるべくガリ猫さんに大仏鑑定を依頼し同行してもらった。
午後2時、東武東上線成増駅で待ち合わせ。男二人で大仏巡礼っていう絵がシュールだ。
大仏は駅から20分くらいのところにあるらしい。土地勘がないので道のりは遠く感じたが、駅近過ぎてもありがたみがないってもんだ。
「京都や奈良のような古都だと神社仏閣がそこらじゅうにあるから大仏が現れても不自然さはないが、こういうありふれた住宅地に突然にょきっと現れる方がアヴァンギャルドで興奮するよ…」
と、ガリ猫さんは語る。  
 
 さて、一行は何のへんてつもない風景をさすらうと「大仏通り」という道にたどり着いた。ブツは近いか。
そこに「松月院」という寺があった。そこには大正時代に洋式大砲の演習をした顕彰碑というのがあり、それが大砲とわかるまではてっきり男根崇拝の御神体かと思ってしまった。070709_1436~001.jpg
松月院には幼稚園が隣接しており、ガリ猫さんいわく「寺と幼稚園がセットになっているのはもはや定説」とのこと。


つくづくポストロック界のみうらじゅんだな~とガリ猫さんに感心。
他には「怪談乳房榎」の記念碑があり、前回の熊野神社に続き妙なシンクロニシティを感じた。


さて、そろそろ本題に入る。松月院から大仏通りをしばらく歩くと民家の先の茂みから金のしゃちほこをあしらったような屋根が突然現れた!いいぞこのロケーションとシュチュエーション!でもまだ大仏は見えない。丘のような場所に祀られているようで木々にさえぎられ見えないのだ。  不法侵入者を監視するように閻魔像の置かれたセキュリティーシステムをかいくぐり、階段を上っていくと、七福神の像が出迎えてくれた。


070709_1453~001.jpgそして、ついに東京大仏が我々の目前に現れる。 おお!でかい!びゅ~てほ~! これなら三大仏は東京大仏で決定じゃねえ?
と、ガリ猫さんに訊くと、「いや、岐阜の方が大きいし猫背でいびつだ」とコメント。
どうやら岐阜の大仏は姿勢よくすればかなりでかい大仏のようである。070709_1501~001.jpg  


三大仏決定戦は岐阜の大仏に軍配があがったものの、大仏を取り囲むロケーションがかなり良いとのことで、トータルでみると東京大仏も三大仏に相応しいという鑑定結果だった。
大仏の脇役的オブジェの充実ぶりがそれを物語る。
RPGのキャラ風「何でも耐える がまんの鬼」「智恵をさずける 文殊菩薩」 「行者の元祖 役の小角」「三途の川の 奪衣婆」がじつにシュール。
中でも「奪衣婆」のインパクトには二人ともノックアウトされた070709_1459~001.jpg

 大仏の近くには「大仏そば」や滝、植物園、城跡や美術館、郷土資料館などいろいろあり、ローカルなスポットながら充分楽しめた。
(滝の写真は心霊スポットみたいだったので掲載はやめときます)

いや~大仏っていいですね。ご利益があればいいんですけど。070709_1506~002.jpg

 


 


蓮の花ってこんなんになってるんですね。水木しげるの「悪魔くん」に出てくる妖怪百目みたい。

23:44:26

 4,5年前の話。新宿都庁付近でアルバイトしていたしアパートもわりと近辺だったので都庁付近はよくチャリで通ることが多かった。
 ある夜、自転車が無灯火だったので警察に呼び止められ財布の中身まで調べられたことがある。その時の私はヒッピーみたいな格好だったので、大麻を所持していると思われたのだろうか。もちろん怪しげなものはいっさいなく、無事解放されるにいたったのだが、その警察に止められた場所は十二社通りであった。
都庁の裏通りに位置するその十二社通りは、そんなエピソードに関係なくあまり好きではなかった。
霊感というほどのものを持ち合わせていない私でも、その十二社通りには何かを感じていた。
都内で引越しを考えていた時も、新宿にほど近く都心の物件としては西新宿五丁目辺りはわりとリーズナブルなのだが、十二社界隈ということもありそこを避けていた記憶がある。


 そして、最近インターネットのカキコミで、十二社界隈に住むと金縛りに会うというのを発見した。やはり十二社には何かある。私は地方出身者なので、十二社が昔どういう場所だったのかも知らない。
 調べてみると、十二社には昔池があったようなのだ。今は埋め立てられ跡形もないが…。昔から水場と霊は関係してるといわれるが、そこには一体どんな因縁があるのだろうか?
そして私は十二社にまつわるある伝説にたどり着く。  それは「中野長者伝説」である。


070701_1608~001.jpg中野長者とは、かつてそう呼ばれた鈴木九郎のことである。
鈴木九郎の屋敷は中野坂上から5分のところにある成願寺にあったようだ。
鈴木九郎は室町時代の人で、かつて西新宿から中野にかけての土地を開いた貧しい馬売りであったが、ある日浅草の観音様に願掛けをすると馬が高値で売れたことをきっかけに成功。その鈴木九郎が建立したのが十二社熊野神社で、新宿中央公園の隣にある。


十二社通りとぶつかる青梅街道を中野方面に進むと神田川にぶつかる。そこに架かる橋は淀橋なのだが、そこにも中野長者の伝説が残る。  


信心深かった鈴木九郎が長者になってから欲深い男となり、ついには悪行まで働くようになる。 遠地に秘蔵してい た財宝のありかを知られないために、隠しに行った際連れて行った下僕をこの橋の上で殺して川に投げ込んだ。070701_1625~001.jpg


 そうした悪行がたたり、九郎の一人娘(小笹)が婚礼の直前に呪われて蛇になり、十二社にあった池かその上流で身を投げた。
淀橋は“姿みずの橋”とかつては呼ばれていたそうで、九郎の下僕が殺害され姿を消したことと、小笹の遺体を捜したが見つからなかったことに由来すると思われる。
 


な~るほど、十二社にはそんな因縁があったんですね。
ちなみに十二社には池だけでなく滝もあったそうで、落語の怪談話でも舞台となったそうです。


そういえば、ポリスに職務質問された時調べられた財布は、あ~たしか蛇皮の財布だったっけなあ?いや、ワニ皮でした。ニアピン。

プロフィール

ロンギヌスキー

Author:ロンギヌスキー
レア・メタル・グルーヴのオピニオン・リーダーとして、バンド・DJ・執筆活動など多岐に渡り活躍。Web対談「オーラの歪」のメインパーソナリティとしてインディーズシーンに貢献。独特の世界観と思想が持ち味。

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