Author:ロンギヌスキー
煩悩の日に生まれた悩める現役(?)バンドマン。日々街角でオーパーツを発掘し都市伝説を捏造する陰謀作家の肩書きも…。
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今日はこれ!ベストハウス1,2,3♪じゃないけど、意外と三番目って知らないもんだ。
「一富士二鷹三茄子」なんてまさにそう。夢に現れると縁起がよいとされるベスト3だけどさ、
三番目がどうにも不可解。(富士山は高くて大きく、鷹はつかみ取る、茄子は「成す」に通じて縁起が良いらしい)
で、今回調査したのは日本の三大仏。
一番は奈良の大仏で二番は鎌倉の大仏なのはわかるが、三番目の大仏ははてどこか?
まさか牛久じゃねえよな。あれは立ち上がってるから邪道だ。立像は観音様じゃないと許せない。
ミュージシャンの友人通称ガリ猫さん(4 bonjour's partiesというドリーミングなバンド)情報によると三大仏のナンバー3が岐阜にあるとのこと。
岐阜大仏−正法寺http://www.windsnet.ne.jp/swing/content.php?id=467
しか〜し!三大仏を名乗るのは他にもあった! ポスト三大仏はこいつらだ!1,2,3♪
・富山の高岡大仏http://www1.tcnet.ne.jp/shima/daibutu.htm
・千葉鋸山の日本寺大仏http://www.town.kyonan.chiba.jp/nokogiriyama/nokogiriyama.htm ・秋田の赤田大仏http://www.kensoudan.com/firu-minami-e/akada2.html
なぜ、三大仏がこんなに仏々(続々)と出てくるのか?
どうやら戦前までは「兵庫大仏」が三番目に数えられていたが、戦時中の金属回収令で取り壊されたため日本全国で三番目を争う状況となっているようなのだ。
そして、三大仏がじつは東京は板橋区にもあった!その名も「東京大仏」
え!そんな近場にあるんですか?そいつはぜひ拝み倒すしかない!…と日本三大仏制覇に乗り出したのである。
さっそく三大仏の審議を確かめるべくガリ猫さんに大仏鑑定を依頼し同行してもらった。
午後2時、東武東上線成増駅で待ち合わせ。男二人で大仏巡礼っていう絵がシュールだ。
大仏は駅から20分くらいのところにあるらしい。土地勘がないので道のりは遠く感じたが、駅近過ぎてもありがたみがないってもんだ。
「京都や奈良のような古都だと神社仏閣がそこらじゅうにあるから大仏が現れても不自然さはないが、こういうありふれた住宅地に突然にょきっと現れる方がアヴァンギャルドで興奮するよ…」
と、ガリ猫さんは語る。
さて、一行は何のへんてつもない風景をさすらうと「大仏通り」という道にたどり着いた。ブツは近いか。
そこに「松月院」という寺があった。そこには大正時代に洋式大砲の演習をした顕彰碑というのがあり、それが大砲とわかるまではてっきり男根崇拝の御神体かと思ってしまった。
松月院には幼稚園が隣接しており、ガリ猫さんいわく「寺と幼稚園がセットになっているのはもはや定説」とのこと。
つくづくポストロック界のみうらじゅんだな〜とガリ猫さんに感心。
他には「怪談乳房榎」の記念碑があり、前回の熊野神社に続き妙なシンクロニシティを感じた。
さて、そろそろ本題に入る。松月院から大仏通りをしばらく歩くと民家の先の茂みから金のしゃちほこをあしらったような屋根が突然現れた!いいぞこのロケーションとシュチュエーション!でもまだ大仏は見えない。丘のような場所に祀られているようで木々にさえぎられ見えないのだ。 不法侵入者を監視するように閻魔像の置かれたセキュリティーシステムをかいくぐり、階段を上っていくと、七福神の像が出迎えてくれた。
そして、ついに東京大仏が我々の目前に現れる。 おお!でかい!びゅ〜てほ〜! これなら三大仏は東京大仏で決定じゃねえ?
と、ガリ猫さんに訊くと、「いや、岐阜の方が大きいし猫背でいびつだ」とコメント。
どうやら岐阜の大仏は姿勢よくすればかなりでかい大仏のようである。
三大仏決定戦は岐阜の大仏に軍配があがったものの、大仏を取り囲むロケーションがかなり良いとのことで、トータルでみると東京大仏も三大仏に相応しいという鑑定結果だった。
大仏の脇役的オブジェの充実ぶりがそれを物語る。
RPGのキャラ風「何でも耐える がまんの鬼」「智恵をさずける 文殊菩薩」 「行者の元祖 役の小角」「三途の川の 奪衣婆」がじつにシュール。
中でも「奪衣婆」のインパクトには二人ともノックアウトされた
。
大仏の近くには「大仏そば」や滝、植物園、城跡や美術館、郷土資料館などいろいろあり、ローカルなスポットながら充分楽しめた。
(滝の写真は心霊スポットみたいだったので掲載はやめときます)
いや〜大仏っていいですね。ご利益があればいいんですけど。
蓮の花ってこんなんになってるんですね。水木しげるの「悪魔くん」に出てくる妖怪百目みたい。
4,5年前の話。新宿都庁付近でアルバイトしていたしアパートもわりと近辺だったので都庁付近はよくチャリで通ることが多かった。
ある夜、自転車が無灯火だったので警察に呼び止められ財布の中身まで調べられたことがある。その時の私はヒッピーみたいな格好だったので、大麻を所持していると思われたのだろうか。もちろん怪しげなものはいっさいなく、無事解放されるにいたったのだが、その警察に止められた場所は十二社通りであった。
都庁の裏通りに位置するその十二社通りは、そんなエピソードに関係なくあまり好きではなかった。
霊感というほどのものを持ち合わせていない私でも、その十二社通りには何かを感じていた。
都内で引越しを考えていた時も、新宿にほど近く都心の物件としては西新宿五丁目辺りはわりとリーズナブルなのだが、十二社界隈ということもありそこを避けていた記憶がある。
そして、最近インターネットのカキコミで、十二社界隈に住むと金縛りに会うというのを発見した。やはり十二社には何かある。私は地方出身者なので、十二社が昔どういう場所だったのかも知らない。
調べてみると、十二社には昔池があったようなのだ。今は埋め立てられ跡形もないが…。昔から水場と霊は関係してるといわれるが、そこには一体どんな因縁があるのだろうか?
そして私は十二社にまつわるある伝説にたどり着く。 それは「中野長者伝説」である。
中野長者とは、かつてそう呼ばれた鈴木九郎のことである。
鈴木九郎の屋敷は中野坂上から5分のところにある成願寺にあったようだ。
鈴木九郎は室町時代の人で、かつて西新宿から中野にかけての土地を開いた貧しい馬売りであったが、ある日浅草の観音様に願掛けをすると馬が高値で売れたことをきっかけに成功。その鈴木九郎が建立したのが十二社熊野神社で、新宿中央公園の隣にある。
十二社通りとぶつかる青梅街道を中野方面に進むと神田川にぶつかる。そこに架かる橋は淀橋なのだが、そこにも中野長者の伝説が残る。
信心深かった鈴木九郎が長者になってから欲深い男となり、ついには悪行まで働くようになる。 遠地に秘蔵してい た財宝のありかを知られないために、隠しに行った際連れて行った下僕をこの橋の上で殺して川に投げ込んだ。
そうした悪行がたたり、九郎の一人娘(小笹)が婚礼の直前に呪われて蛇になり、十二社にあった池かその上流で身を投げた。
淀橋は“姿みずの橋”とかつては呼ばれていたそうで、九郎の下僕が殺害され姿を消したことと、小笹の遺体を捜したが見つからなかったことに由来すると思われる。
な〜るほど、十二社にはそんな因縁があったんですね。
ちなみに十二社には池だけでなく滝もあったそうで、落語の怪談話でも舞台となったそうです。
そういえば、ポリスに職務質問された時調べられた財布は、あ〜たしか蛇皮の財布だったっけなあ?いや、ワニ皮でした。ニアピン。
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